2014.01/14(Tue)

わたしのこと 8 


わたしの30代から 40歳にかけて。

つづきます。


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元夫の元義母がガンの末期だと耳に入る。
離婚しているのだからとしばらくは知らんぷり。
気になりだし、思い切って息子を連れ見舞う。

周りに「長男の嫁と孫が来た!」と大喜びする元義母。
そこから気がついたら、元夫、元義弟と嫁でローテーションで介護。
もちろん仕事しながら。
数年間の介護の後、最期を看取る。

周りの人からは「なんで看てあげてるの?財産でもあるの?ひとが良すぎ。」
などと意見を言われました。

なるほど お人好しですね。
わたしは一見クールに見えて、めったにないがこういう『琴線に触れる』ことがあると
猛烈に手を差し伸べたくなるようです。
義母の介護に関しては後悔はありません。


元夫とも顔を頻繁に合わすようになり、元夫はまだ独り身でしたし
復縁を迫られましたが、
まだ その気にはなれなかったし、その為に義母の介護をした訳でないのでスルー。

・・・

その後。わたしの住まいが災害に巻き込まれ、九死に一生を得る。
夜明け前の出来事でわたしが目が覚めるのが遅ければ
息子たちと共に死んでいたかも。マジで。
家財道具や思い出の品も失う。
元夫は後片付けを手伝いに来てくれ
ボロボロになったわたしを助けてくれました。

わたしは恐怖を味わって、しばらくPTSD気味になる。

すっかり女ひとりでやってく生活に自信を失くし (弱いな‥)

元夫からの復縁 猛烈アタックに負け?復縁を考え始める。


そのころ私の実家の隣が空家で、そこを父が定年退職し、退職金で購入。
名義は父で、借家としてわたしが家賃を入れるということで
住み始めることができた。(なんということでしょう!喜)

そのとき [塞翁が馬]とはこういうことをいうのかと思いましたね。
人生、最悪な事態が起こっても、意外なところから好転することがある。(その逆も)

築30年の中古物件に引越す。元夫は引越しも手伝ってくれ
時々家に来ることも。

それでもわたしは籍は入れる気はなく
生活の立て直しということで生活費を渡してくれるようになった。(進歩!)
飲む・打つ・買うもしていない←?不明
束縛はなくなった。(わたしも夜の仕事もしてないしね)
料理もよく手伝ってくれる(独り身が長く料理上手に)

元夫はその頃 独立して自営になろうか悩み中。
状況からして 独立したほうがいいと思われ、
どちらかというとわたしが勧めた。

その頃の私の心理状況が曖昧なのですが
復縁を迫られるうち、もう40歳が近づき 
求婚されるうちが花で、受けた方がいいのかと思いました。
両親も希望してましたし。
ちょうど息子たちは思春期頃で父親も必要なのかと思ったり。
二男は反発してましたが 実の父親ですし
元の鞘に収まる方が全てうまくいくように思われました。


そののち入籍し復縁。

ですが旦那は貯金ゼロでした(T_T)

独りでいたのだから貯金はしているものと思っていましたが
義母の入院費や治療費に使ったとは言っていましたが。

貯まるまで入籍はおあずけにしとけばよかった。あとで思いましたが
母子手当てをもらっている以上(頻繁に家に来ている状態や
同居して生計を一にしている男性がいる場合、児童扶養手当が打ち切られる)
それも気になりましたので
早めに入籍してスッキリしたかったと思います。

旦那は独立し、仕事に使う車の買い替え、道具の購入。
借金したくないとのことでわたしのお金をあてにしました。

旦那の仕事はまだまだ軌道に乗らず、本業以外の仕事も請負っていました。
生活費はいただけるようになったものの
公共料金はわたしの口座から払ってて
私の父からの家に住み‥

これでよかったのか、この人でよかったのか。
本当に愛はあったのか。疑問に思いました。
旦那に対しての愛はなかったかも。
孤独感がありました。虚無な感じ。

なんで、せっかくつらい思いして別れたのに
また同じこと繰り返してる。そんな気がしました。(以前より少しまし程度)
寂しかった。愛情に飢えていたんでしょう。

そののち、ヤツと出逢ってしまいます。
めったにないといいながら またもや『琴線に触れ』
猛烈に手を差し伸べてしまいました。

愛情のない旦那に尽くすより愛情のあるヤツに尽くす方が当然のように
思ってました。

心理学者の加藤諦三先生の言葉

『奇妙な事件の背景には 奇妙な人間関係がある』

と仰ってました。まさにその通り。

『寂しい人はNOとは言えません。ずるい人はそのNOと言えない人を狙います』とも。



『自分の運命を受け入れる。それが幸せになる方法です』

『今が幸せなら、過去のことは全て許せます』


今まで自分を見直すために書いてきたけれど

自分の弱さを見直せたと思う。運命も受け入れられる。でもメンタル弱すぎ…波乱万丈すぎ?

でも過去を忘れることができるだろうか。(ヤツとの)

幸せになれるんだろうか。わたし。



長文でしたね。長くつきあっていただいてありがとうございます(´∀`)
よければこれからも応援お願いします。(おこがましいですが)






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2014.01/13(Mon)

わたしのこと 7 

つづきを書く事にします。

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そのころ母子家庭時代の収入


わたしの給料  手取り  約 20万/月額

母子手当(児童扶養手当)    3万位/月額

元夫の養育費          6万/月額 (途中1年間貰えない時ありましたが
                          それ以外は頂けました)

単発バイト         1~2万/月額 (以前の婚礼バイトで要請あれば)



・・・くらいあり、


そのなかで 母子手当ては 別口座に振込まれるようにして 手を出さないようにし

こども学資保険 保険料   2万5千円/月額 に加入

給料から            5万位/月額 貯金



けっこう順調に貯まりました。


長男が小学校高学年頃、喘息で入院後 勉強がわからん;;とべそをかきました。
塾はイヤだ。というので家庭教師をつけました。
美人先生が来てくれて、二男も勉強したいと言うので(さすが男子ですネ) 
ふたり見てもらっていました。
長男が中学2年頃 先生がお嫁にゆくというので辞めて塾にしましたが
なかなかリッチでしたね。

仕事の社員旅行や友人と海外旅行も何回か楽しみましたし、
好きなブランドも多少買ったり おしゃれも楽しみました。
少々のロマンスも♪←この時はイケナイ恋ジャナイデス

楽しかったなぁ~しみじみ


稼がなくては!という責任は必要でしたが
束縛もありませんし 何より自由でした。


長男の大学進学を検討していた頃、
長男は母子家庭だから お金がないと思い、進学をためらってました。

「大丈夫。私立でも、県外でも。受験したらいい。なんとかなるから。」

推薦が決まっていたので‥希望の京都のとある大学に進みました。
私立で県外でしたが (T_T)


その頃、わたしの30歳後半、確か 700万位の貯蓄額だったと思います。


そののち現在 わたしの過失でプアーになりますが (;_;)

子供のために蓄えたお金は使えたので 良しとします。

大学四年の時 残りの学費が不安だったので大学の奨学金を申込みました。
それは現在、長男自身が滞りなく払ってます。


二男の歯列矯正も出来たしね。 80万位かかりました。
八重歯がなくなりキレイな歯になって男前度UPです。キラリン



ということで わたしの母子家庭時代を書きましたが

母子家庭というと とかく陰のイメージがつきまといますが
わたしにとってはむしろ陽でした。

がむしゃらに頑張って成果が出て。
知らないところで勝手にお金を使い込んだり、予定を狂わす夫もいない。

医療費も免除。
学費も免除。給食費や教材費は払ってたかな。
市営住宅も格段に安い。
行政のおかげです。感謝しました。


もし迷っている方がおられたら一歩踏み出す勇気があってもいいのかと思います。

✩ ただし、わたしの場合は安定した職についていた。
✩ 元夫からの養育費があった。(なかなか難しいようですね)
✩ いざという時、助けてくれる親が近隣にいた。
ので 推奨するわけではありません。



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順調だった?さくらこの母子家庭時代は終結を迎えます。

‥人生の岐路が訪れます。(どんだけ岐路があるんやって感じですが(>_<))


次回が最終集になるかな。




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2014.01/09(Thu)

わたしのこと 6

いつまで続くんじゃぃ と思われているかも知れませんが。

(わたしも書き始めたことを少し後悔気味‥なかなか40歳まで辿り着けない‥)

ま。ブログとわたしの連帯保証の返済は まだまだ続くので

気長にしばらく おつきあいください。


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わたしの当時の仕事は住宅関係でインテリアやCADをしており
充実しておりましたが不況のあおりを受け部署はなくなり
辞めることに。

急いで就職した先も倒産。

それでも住宅関係の仕事で現在の副業させてもらってる設備屋さんと
知り合ったり
後者の仕事先ではI子やM美と同僚で 今も仲良しです。



式場配膳や婚礼コンパニオンして つないだりしながら。

それでも以前のように 公共料金が引き落とされなくて
止まる危機はなくなり 安定して過ごせました。



そののち 広告代理店の営業に正社員で就職。

給料も手取りで20万程 いただけました。
営業ですのでノルマもあり、社長もワンマンで。

でもわたしは一家の大黒柱です。世帯主です。
石にかじりついてでも…という表現そのもので
仕事してました。


次回は 収入の内訳なんぞを少々。



自家製梅酒が美味しいので 

ついつい飲んじゃいます。

今日はこの辺で。

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2014.01/08(Wed)

わたしのこと 5 

 
 
つづきです。

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離婚した時は二男が小学校上がったばかり。

小さい子供とはいえ ふたりにきちんと離婚のことは話しました。
もちろんふたりとも引き取るつもりでしたがそれでいいかも聞きました。
学校もこのまま。市営住宅も引っ越さない。
氏名も変えたくないのであれば変更しない、それでいいか聞きました。

ほかの場所で心機一転 始めたい気持ちもありましたが
子供のことを考え 割り切ってここに留まることにしました。

引越し費用ももったいないし、市営住宅なので母子家庭になれば
家賃も格安です。

大丈夫。何も変わらない。お父さんにも会える。

やはりこういことは小さい子供だといってもなおざりにせず
話すことは大切ですね。

夫は(辛かったのか)何も言わず出て行ったので
二男が思春期頃に成長したときに 「おとんは知らないうちにいなくなった」と
言いました。幼心にも、お父さんから言葉が欲しかったんでしょうね。


周りには母子家庭の友達もいて息子たちも動揺しませんでした。

夫の弟夫婦、義母にも報告しました。
義母は寂しそうで、そして謝ってくれました。
でも義母はわたしを娘のように大事にしてくれましたし、
支えてくれましたので感謝の気持ちでいっぱいでした。
これから離れても、仕事が忙しい時は子供をみるから
いつでもいらっしゃいとも。
 
子供の保育所の送迎もなくなり 少し楽になってきました。



わたしはそれからの10年間ガンガン働き 
そしてガンガン貯蓄していきます。



  

     
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2014.01/06(Mon)

わたしのこと4

つづきです。

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27歳の頃 両親が転勤から戻りました。
わたしたち家族は市営住宅に入居でき 二男も保育所に通い始め
わたしは住宅関係の会社に就職しました。

長男は小児喘息で発作が出たり大変でした。
ゆったり育ててあげられなかったのが悔やまれます。

相変わらず、公共料金もちゃんと払えないことあり。
家賃が払えなかったとき、めっちゃ早朝に突然寝込みを襲うかのように
集金って来るんですね。びっくりしました。

浮気疑惑もありました。(夫の友人の密告です。 
初めて携帯をチェックしたら密告通りの女の子の名前を見つけました。)

不思議と心は穏やかでした。
嫉妬の気持ちが湧いてきませんでした。
携帯見たことも打ち明けませんでした。心が離れていたのでしょう。
もうどうでもよかった。
 
だんだん 夫と一緒にいると寿命が縮まっていく気がしました。
離婚に向けて準備をしていたと思います。
なかなか承諾してくれず一年別居してみることで納得してくれ

夫が実家の義母のところに戻るという形で出て行きました。


わたしは解き放たれた気分でした。自由な気持ち。
私名義の借金はなかったし、生活費の管理も邪魔されません。

約束の一年は あっという間でした。
これからのことを夫から聞かれ

「戻って欲しいと思わない。別れて。」
 
30歳  調停を通し養育費を取り決め 離婚しました。


裁判所で夫を見たとき小さく見えましたね。
うなだれているように見えて侘しく感じました。

   
   






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